SNIP STYLE 2025年5月号掲載 取材・掲載協力 株式会社コワパリジャポン
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未来ある美容業界、その先へ!
美容室の経営と化粧品の製造販売など、美容にまつわるさまざまな事業を展開する株式会社グラーティアス。その取締役であり、hairsalon de Foreverの統括マネージャーである齋藤勇磨さんは、東京・板橋ならではの戦略で地域のお客様から圧倒的な支持を獲得し、その名を全国へと広げている。教育型サロンとしての矜持や企業として長く続けていくための秘訣について、業界の大先輩である蒲生会長と共に語ります。
板橋を制圧するのは、当然
もっともっと業界での知名度を高めたい
齋藤勇磨
齋藤 とても緊張しますが、楽しみにしていました。本日はよろしくお願いします。
蒲生 こちらこそよろしくお願いします。齋藤さんは北海道のどちらのご出身ですか?
齋藤 苫小牧なんです。
蒲生 苫小牧にはガモウグループの営業所がありますよ。
齋藤 7月にそのガモウ北海道の苫小牧でセミナーをやらせていただく予定です。
蒲生 よろしくお願いします。ガモウ北海道には札幌に2つ、あと函館、帯広、旭川、釧路、苫小牧、小樽、江別に拠点があって、ガモウグループとしてセミナーなどの教育や仕入れなどを共有しつつ、お客様にサービスを提供しています。
齋藤 そこまで徹底して網羅しているのはガモウさんだけかなと。

蒲生 ありがとうございます。齋藤さんが美容師を目指したきっかけを教えてください。
齋藤 月並みですけど、高校一年生のときに付き合っていた女の子の影響です(笑)。本当は弁護士かカウンセラーかアパレル関係の仕事に就きたいと思っていました。特に洋服が好きで、札幌で年に二度開催される北日本最大級のフリーマーケット・ゴールデンマーケットに行って高校生ながら古着の買い付けをしていました。地元の友人や先輩・後輩に販売したり、ヤフオク(Yahoo!オークション)で十万円単位のお金を稼いだりしていました。
蒲生 本格的ですね。
齋藤 はい、自分の部屋も古着屋風にしたり、ワープロで一覧表をつくったりしていましたね。その頃付き合っていたのがとても可愛い女の子で、その子にかっこいいと思われたくて自分の洋服や髪型にこだわるようになったんです。それでたまたま友だちに札幌ベルエポック美容専門学校の体験入学に誘ってもらい、美容師ってめっちゃかっこいいなと思って美容師を目指しました。
蒲生 当時の彼女の存在がなければ違う道に進まれていたかもしれませんね。
齋藤 本当にそう思います。
蒲生 人生は出会いと縁ですね。齋藤さんご自身が幸運と感じているかどうかは分かりませんが、美容師という職業に「場」を見つけられてよかったですね。
齋藤 今は美容師になってよかったと思っていますが、20代後半まではいつ美容師を辞めようかと常に考えていました。40歳、50歳になってからの美容師像を思い描くことができず、将来への不安を拭えずにいました。

蒲生 不安を払拭できたのは、何かきっかけがあったのですか。
齋藤 技術を身に付けて、40歳、50歳になっても指名が減らないようにするしかないと腹を括ったことでしょうか。サロンも大きくなってきて、もっと本気を出そうと覚悟を決めたのが27、8歳の頃だったと思います。でも、正直今もすごく不安です。
蒲生 とにかく技術の研鑽を重ねてこられたんですね。
齋藤 めちゃくちゃしました。僕は今年38歳になる昭和最後の世代なので、同世代の美容師はみんなそうだと思います。
蒲生 なるほど。齋藤さんがhairsalon de Foreverに入られたきっかけは?
齋藤 SNSのmixiです。転職したい美容師集まれみたいな掲示板があって、23、4歳の頃そこに登録していました。当時勤めていた美容室はなかなか新規客に入れるお店ではなかったので、辞めたいというよりはもっと自分が活躍できる場を求めていました。そこでIT企業が経営しているサロンで勤務時間も短くて給料もいいという珍しいサロンを見つけて、それがうちのサロンでした。サロン見学に行ったらそのまま面接を受けることになって、入社が決まりました。
蒲生 それも縁ですね。うちとの付き合いは入社されてからですか。
齋藤 確か2014年頃ガモウさんのセミナーに行きたいというスタッフがいて、取引サロンでないとダメだろうと思いながらも問い合わせたことがきっかけでした。すぐに対応していただけたのでびっくりしました。
蒲生 半分冗談ですが、今取引しているお客様か、これから取引するお客様か、美容師さんには2種類しかいないと思っていて、広く業界に門戸を開きたいというのが僕の信念です。僕にとってはすべての美容師さんがお客様で、たくさんの人に会いたい。ガモウは敷居が高いと感じている美容師さんもいると聞いてはいますが、本当は違うんです。
齋藤 ガモウさんは業界のトップに君臨しているイメージがあるので、躊躇してしまうサロンもあるのでしょうね。
蒲生 僕らは美容師という職業があって成り立つ商売だから、いろいろなお手伝いをしたい。業界に対して投資するために全国にスタジオをつくり、コンテストやセミナーを通じて技術を持っている人を紹介することで業界全体の底上げに取り組んできました。美容は、究極を言えば技術ですからね。
齋藤 間違いないですね。絶対に技術だと思うのですが、僕ら教育者はスタッフに対するハラスメントに気をつけなければならないので、昔ほどの練習時間の確保は難しくなりました。でも教育はしっかりとしなければならないというジレンマをここ数年抱えています。
蒲生 誰もが成功できるわけではないけれど、300名以上もの幅広い年齢層の従業員が所属する組織を維持しているPEEK-A-BOOさんやSHIMAさん、kakimoto armsさんといったサロンもあります。彼らはシェア型サロンや業務委託サロンが増えても、時代に合った料金をいただきながら技術美容師としてしっかり存在していけるという手本ですよね。教育型サロンが滅びることはありません。
齋藤 励みになります。うちも教育型サロンとして福利厚生にも力を入れていて、新卒の給料は243,000円。都内でもトップクラスでサラリーマンより稼げます。
蒲生 そうでなきゃね。スタッフの数と年齢層はどのくらいですか?
齋藤 25、6名在籍していて、平均26歳です。若くてやる気のあるスタッフが多く、会社が活性化しています。
蒲生 そういう考え方が理想的ですよね。スタッフがお店に定着して年齢層が上がっても、常に若い世代を採用できるような体制をつくれるようになればサロンは自然と大きくなっていく。油断すると偏った年代層のスタッフばかりになり、中間層が抜けてしまう。
齋藤 うちのお店は板橋にあって、このエリアで勝つための戦略を常に立てているのでどのサロンの真似もしませんが、そういう意味でSHIMAさんは尊敬しています。
蒲生 この街にはこのサロン、というような存在になればいいですよね。齋藤さんご自身の目標はありますか?
齋藤 60歳になっても席が埋まるよう技術を磨いていきたいです。昔はあの人すごかったよね、という枯れた美容師にはなりたくないので、ずっと新しいことに取り組んでいたいと思います。あと、クリエイションが好きなのでJHAやTHAでグランプリを獲ることも目標です。
蒲生 人は好奇心を失ったらダメですよね。
齋藤 好奇心旺盛で、ずっと成長をしたいです。会社としては、板橋を制圧するというのは当然として、もっと業界での知名度を高めたいと思っています。
蒲生 地域にはその地域のやり方があって、今は完全に一人勝ちをするのではなく、ライバルと共存しながら業界全体の魅力をつくり上げていく時代。板橋は中山道最初の宿場町。江戸時代から東京の要所だから、その場所から齋藤さん、そしてhairsalon de Foreverの名を轟かせてください。共に伸びていきましょう。
齋藤 ありがとうございます。恐縮です。生涯現役で頑張ります!
一人勝ちをするのではなく、
ライバルと共存しながら
業界全体の魅力をつくり上げていく時代
蒲生茂


齋藤勇磨(さいとうゆうま)
hairsalon de Forever 取締役兼統括マネージャー。1987年生まれ。北海道出身。札幌ベルエポック美容専門学校卒業。都内2店舗を経て、2011年hairsalon de Forever入社。独自の美容理論“印象プロデュース”で多数の顧客を抱えるほか、雑誌撮影やセミナー講師、カラー剤開発、スタイリング剤開発、化粧品プロデュースなども手掛け、幅広く活躍している。
Photo / ハラダケイコ
取材・掲載協力



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